TIME PILOTのヒミツ

1980年代はアーケード(ゲーセン)ビデオゲームの創成期であり、ゲームはソフトウェアプログラマにとって、限られたハードウェアで常識を超える画像・音響処理を競い合う競技の場でもあった。
見てビックリすれば、コインを投入してもらえる、つまり、ヒット商品となった。

ゲーム会社に入社する前は、ゲーム画像を見て単純にスゲエ!と驚いていたが、コナミに入社して、ハードウェアの制約を知った上で驚いたのは、82年に発売された『TIME PILOT』だった。

当時コナミ(大体どこの会社も同じだが)では、ハードウェア機能として、背景用の画像処理部をVRAMと呼び、敵機やその弾など画面内を独立して自在に動く画像処理部をOBJと呼んでいた。
VRAMはブラウン管の走査線垂直方向にスクロールさせるのが最新機能で、OBJはと言えば、大きさは16×16ドット、色は透明を含む4色で、それが16個(24個だったかな?)しか出せなかった。

大体どこの会社でも同程度のハードウェアスペックだったから、360度に弾を撒き散らしながら、これまた弾を撃ってくる敵機が編隊で現れ、雲が3D的に動く『TIME PILOT』は未来から来たゲームに見えた。

当然『TIME PILOT』は大ヒットした。
俺は音響担当プログラマだったので詳しくは知らないが、画像処理のタネ明かしをすると。
自機が360度、と言っても多分64方向ぐらいに撒き散らしていた弾はOBJではなくVRAMだった。これにより、どエライ数の弾が画面内を動きまくる。
ちなみに自機が方向を変えれば、発した弾の相対的な動きに影響が出るはずだが、多分無視。しかしプレイヤは気付いていないだろう。
走査線で言うところのブラウン管上半分にOBJを最大限設定し、走査線がそれらを走査し終えたら、OBJを下半分の設定に変える。するとOBJによる表示が2倍になる。これにより、どエライ数の敵機や敵弾が画面内を動きまくる。

このド肝を抜く画像処理のアイデアも発売早々に他社の知るところとなったようだが、これを開発したメインプログラマのH氏自身が業界誌で披露したので、技術系以外の業界人やソフトウェア技術者の卵にまで広まる知識となった。

ハードウェアの機能が高まり、10年後には不要な技術となったが、その間の多くの技術者には大きな影響を与えたと思われる。俺も使わせてもらった一人である(^^
広い目で見れば、H氏の公言は、創成期のゲーム業界を活性化させたと言える。
俺は尊敬しているし、俺がノウハウを出し惜しみしないようになったのは、H氏の影響かも知れない。

投稿日: 2012/11/07 | カテゴリー: 05.ゲームのウハウハ | パーマリンク コメントする.

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